大阪地方裁判所 平成8年(ワ)218号 判決 1998年1月30日
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
理由
一 請求原因事実はすべて当事者間に争いがない。
二 そこで、被告の本件土地及び本件建物の財産評定の合理性について検討する。
1 更生担保権に係る担保権の目的の価額の算定方法について
(一) 更生手続において更生担保権として届けられた債権は、その担保権の目的となっている会社財産の価額(先順位の担保権があるときは、その担保権によって担保された債権額を担保権の目的物から控除した額)の範囲で更生担保権として取り扱われるところ、右担保権の目的たる会社財産の価額は、会社更生法一二四条の二の規定に基づき、継続企業価値によって算定される。
右継続企業価値の算定については、更生手続が事業の維持継続をはかるためのものであることに鑑み、企業が将来生み出すべき収益を基礎にして算定するのが適切であり、右算定においては、更生手続開始の時を基準時として、当該企業の予想収益を資本還元する方法であるいわゆる収益還元法(企業全体を一体として評価した後、その範囲内で個々の財産の価額を評定する方法)によるのが原則として妥当である。
(二) 右の収益還元法による場合には、当該企業の過去三年ないし五年間の各年度の利益を平均するなどして正常な状態における予想収益を算出し、当該企業の将来及び収益動向、当該企業の能率と特性を考慮して資本還元率を求めたうえで、予想収益を資本還元率で除して得た値が当該企業の継続企業価値となるが、更生手続開始段階では、企業は破綻に瀕しており、場合によっては過去に粉飾決算などが行われていること及び予想収益を算定する前提となる過去の利益も必ずしも信頼できる数字とはいえないこと等が想定され、更に、この段階では更生計画も定まっていないから、適正な予想収益と資本還元率を算定することは極めて困難な状況にある。
したがって、収益還元法は継続企業価値の算定に当たり原則となる基準であるが、その算定根拠になる予想収益の決定にあたっては、将来の更生計画の内容を考慮することはもとより、収益還元法を前提とした上で、再調達価格や市場価格などをも考慮して継続企業価値を算出することも許されると解すべきである。
(三) なお、原告は、会社更生法一二四条の二が規定する「会社の事業が継続するものとして評定した価額」は、少なくとも処分価額を下回るものであってはならないと解すべきであると主張するが、会社更生手続は事業を継続しつつ再建する手続であり、企業の解体・処分を前提とするものではないから、右主張を採用することはできない。
2 被告らのなした財産評定について
前記争いのない事実に、《証拠略》を合わせれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 更生会社は、平成五年七月一六日、大阪地方裁判所に更生手続開始の申立を行い、同裁判所は、同年一二月一日午前一〇時、更生会社及び同社と企業グループを構成していた東京タイヨー株式会社、関東太陽鉄工株式会社、大塚鉄工株式会社、タイヨー株式会社、タイヨーエヌケーディ株式会社及び奈良太陽鉄工株式会社の各社(以下「更生会社グループ」という。)につき、同時に更生手続開始決定をなし、被告及び高島成光(以下「被告ら」という。)を更生会社グループの管財人に選任した。
なお、高島成光は、平成八年七月二二日、管財人を辞職した。
(二) 被告らは、左記のような方法により、更生会社の更生担保権の調査期日における認否のため、更生手続開始決定時を基準時とする会社財産の財産評定を行った。
(1) 更生会社、東京タイヨー株式会社、関東太陽鉄工株式会社及び奈良太陽鉄工株式会社の四社(以下「更生会社四社」という。)は、更生会社グループの中でいずれも油空圧機器関連事業を行う部門に属し、事業上の関連性が特に強く、工場間の生産品目の移管も頻繁に行われ、販売活動も一括して行われてきたことなどの事情から、特に緊密に結合し、経済的、社会的にはむしろ一つの企業体を構成してきたと考えられたため、更生会社四社を一体のものとしてとらえ、これらが基準時に有した固定資産たる不動産、機械器具及びリース資産について、基準時に現に事業の用に供していたもの(以下「事業用資産」という。)と供されていなかったもの(以下「非事業用資産」という。)とに分類し、更生会社四社の事業用資産については、個別の収益価格を算出するため、先ず企業体としての収益価値を求め、その後その収益価値を個別の事業用資産ごとに割り付けることとした。
(2)<1> 企業体としての収益価値については、大阪地方裁判所の選任した鑑定人監査法人トーマツが行った基準時における更生会社四社の連結収益価値の鑑定結果(以下「トーマツ鑑定」という。)を採用した。右トーマツ鑑定は、収益還元法を適用して、更生会社四社の連結収益価値は九一億三七〇〇万円とした。
なお、右トーマツ鑑定の内容に、不合理な点は存しない。
<2> 他方、更生会社四社の連結収益価値の割付けの基礎金額(以下「積算価格」という。)は、事業用資産たる不動産については、更生会社四社の所有不動産について、財産評定の参考とするため、大阪地方裁判所の選任した鑑定人饗庭昇一・上田寛が行った基準時における不動産の正常価格(不動産が需要にも供給にも制約される条件がない公開された合理的な市場に相当の期間存在し、売り手も買い手も市場の事情に通じており、しかも、特別の動機を持たない場合に成立するであろう適正な価格)の鑑定結果(以下「饗庭・上田鑑定」という。)を、事業用資産たる機械器具・リース資産については、基準時の法人税法の規定に基づく定率法未償却残高をそれぞれ採用した。その結果、更生会社四社の事業用資産の積算価格総額は、二〇九億七五〇〇万円と算定された。
なお、右饗庭・上田鑑定は、建物については再取得原価法を、土地については比較方式をそれぞれ適用して鑑定結果を得たものであるが、その鑑定内容に不合理な点は存しない。
<3> 被告らは、積算価格に応じて前記収益価格を比例配分し、各事業用資産ごとの「収益価格」を算出したところ、更生会社四社の連結収益価値の事業用資産の積算価格総額に対する比率は四三・六パーセントであるため、比例配分により、各事業用資産の収益価格は積算価格の四三・六パーセントとして計算することとした。
(3) 被告らは、更生会社四社の所有不動産について、前記の事業用資産と非事業用資産との分類を前提に、更に、<1>事業用資産たる建物(以下「事業用の建物」という。)、<2>事業用資産たる土地(以下「事業用の土地」という。)のうち更生計画遂行中に処分を予定するもの、<3>事業用資産たる土地のうち更生計画遂行中に処分を予定しないもの、<4>非事業用資産たる土地(以下「非事業用の土地」という。)との区別を設けた。なお、非事業用資産たる建物は存在しなかった。
そして、前記饗庭・上田鑑定による鑑定額を基準時の正常価格として採用し、右区分にしたがって各不動産の評定を左記の基準で行うことに決定した。
<1> 事業用の建物
収益価格である正常価格の四三・六パーセント
<2> 更生計画遂行中に処分を予定する事業用の土地
正常価格の七五パーセント
<3> 更生計画遂行中に処分を予定しない事業用の土地
正常価格の五九・五パーセント
<4> 非事業用の土地
正常価格の七五パーセント
(三) 以上の基準に従い、本件土地及び本件建物については、基準時たる平成五年一二月一日の利用状況並びに当時及びそれ以降の利用、稼働状況を踏まえ、更にこれらについて、被告らが更生計画上売却する方針を採用したことから、以下のように評定を行い、その評定額合計は二一億四七四九万七二〇〇円となった。
(1) 本件建物については、事業用の建物であるため、饗庭・上田鑑定額四億六〇二〇万円の四三・六パーセントに当たる二億〇〇六四万七二〇〇円と評定した。
(2) 本件土地のうち本件建物の敷地たる西側半分については、同土地は事業用の土地であるが、更生計画遂行中に処分が予定されているものであるため、饗庭・上田鑑定額一二億九七九〇万円の七五パーセントに当たる九億七三四二万五〇〇〇円と評定した。
(3) 本件土地のうち本件建物の敷地となっていない東側半分は、基準時において未だ遊休地(更地)の状況にあり非事業用の土地であったため、饗庭・上田鑑定額一二億九七九〇万円の七五パーセントに当たる九億七三四二万五〇〇〇円と評定した。
(四)(1) 本件土地及び本件建物には、基準時において、次のとおりの担保権が設定されており、そのいずれについても更生担保権の届出があった。
第一順位 株式会社日本興業銀行のために極度額五億円の根抵当権
第一順位 株式会社大和銀行のために極度額五億円の根抵当権
第一順位 株式会社第一勧業銀行のために極度額五億円の根抵当権
第二順位 商工組合中央金庫のために極度額一〇億円の根抵当権
第三順位 株式会社愛媛銀行のために極度額六億円の根抵当権
第四順位 原告のために債権額三億円の抵当権
第五順位 株式会社愛媛銀行のために極度額六億円の根抵当権
(2) 被告らは、本件土地及び本件建物の合計額を二一億四七四九万七二〇〇円と評定したところに従い、第一順位の根抵当権に係る各更生担保権につき届出額全額たる各五億円の更生担保権額を認め、第二順位の根抵当権に係る更生担保権につき六億四七四九万七二〇〇円の更生担保権額を認め、極度額の残額三億五二五〇万二八〇〇円については更生担保権として異議を述べた。また、第三順位以下の担保権に係る更生担保権についてはいずれも届出額全額につき更生担保権として異議を述べた。
(五) 更生会社についての更生計画案は、平成八年七月一〇日、関係人集会において可決され、同月一九日、更生計画案どおりの更生計画の認可決定がなされ、同月二七日の経過により確定した。
3 結論
右認定の事実によれば、被告らは、更生会社の資産を事業用資産と非事業用資産に区分し、事業用資産の内の不動産については、収益還元法を前提として、饗庭・上田鑑定額の四三・六パーセントと、非事業用資産及び事業用資産のうち更生計画中において処分を予定しているものについては右前提に修正を施し、饗庭・上田鑑定の七五パーセントと評定することに決めたこと、そして、本件建物は事業用資産であることから饗庭・上田鑑定額の四三・六パーセントである二億〇〇六四万七二〇〇円と、本件土地については、その西側半分は更生計画中で処分が予定されており、東側半分は非事業用資産であるため、それぞれ饗庭・上田鑑定額の七五パーセントである九億七三四二万五〇〇〇円と各評定したこと、その結果、本件土地及び本件建物の評定額は、二一億四七四九万七二〇〇円となったこと、被告の右評定は、収益還元法を前提とし、その額又はそれよりも高い額を評定結果としており、債権者に対し不利益を課するものではないこと、右評定に際して採用されたトーマツ鑑定及び饗庭・上田鑑定の内容に格別不合理な点は存しないこと、本件土地及び本件建物には右評定額を越える原告より先順位の担保権者がおり、これらの者の更生担保権を認めた結果、原告の更生担保権の届出額全額に更生担保権として異議を述べたことが認められるから、被告らの管財人としての評定は合理的なものであり、原告の更生担保権の届出に対する異議は、正常なものであるということができる。
なお、《証拠略》によれば、大和不動産鑑定株式会社は、基準時における本件土地の価格を二七億四六四一万円、本件建物の価格を七億四六五九円と鑑定しているが、《証拠略》によれば、更生担保権者である前記商工組合中央金庫が依頼した株式会社共同鑑定所は、基準時における本件土地の価格を二六億六四〇〇円、本件建物の価格を五億二四一〇万円とそれぞれ鑑定しており、右鑑定額は、饗庭・上田鑑定の鑑定結果と類似していること、前記のとおり、饗庭・上田鑑定の内容に不合理な点は存しないことなどに照らして、右大和不動産鑑定株式会社の鑑定結果をそのまま採用することはできない。
三 以上によれば、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大谷正治 裁判官 山下 寛 裁判官 新田和憲)